発達障害ASD傾向ありと言われた私が、つらつら思ったことを書くだけ

某オンライン自助会に入ってみたのレポ

詳しくは明記しませんが、 精神疾患がある人向け有料のオンライン自助会に入ってみた。
あまりいいレビューではない。また親しい人の証言も入っているため一方的かも知れない。

私自身の目的としては発達障害者について知りることだった。

方式は形式、掲示板+通話アプリを使用したコミュニケーション

金額は数千円

よかった部分
・オンラインのドロドロ具合を肌で感じられた
・良い人に会えた
・まぁ参考になる部分もあった
・人と話したい時に話すことができた

問題点
⭐︎考え方の違い
・薬を多用している人が多い
→私自身があまり薬は飲みたくない
 これは私自身の考えだがまた薬を飲み続けなくてはいけない状態に理解できない。本当にそうなのって懐疑的。これが理解のないってなるんだろうなって思うけど自分のために理解したくない。一生薬飲み続けなきゃいけませんって希望ないでしょ。人によってって考えたい
 コンサータなど強い薬をあたり前に飲んでいるよねという風に話される
薬を飲むらなら考えた方がいいんじゃないっていえば非難される

・可哀想であることに酔っている人が多い印象
わたしかわいそうだからよちよちしてほしいって人が多く、あまり前向きな雰囲気がない。

精神疾患に対する考え方
 私はうつ病が治る人、上手く付き合っていく人、治らない人がいると思うけど、上手く付き合っていくか、治らないって思っている人ばかり、治ると思わないと治るものも治らないでしょうと思っている
発達障害は個性や特性、種族と考えている。制度をちょっと生きづらいから下駄履いていいかな?いいよーであると思っている。

私は黒に近いグレーなのでそう感じるのかも。

これらの考えから根本的に感じる違和感



・あるお医者さんを好きな人が多かった。アイドル的な人気、それが当たり前だよねという雰囲気(一部信者化してる?)
→ぼかすがこれは仕方がない面もある

言葉を都合のいい方に曲解している場面もある。
「あの人がこう言った」
(いや言ってない気がする。もしくは全ての発言を見れてないのでそのせい?)


 
・前向きではない
掲示板の投稿はヘラっているコメントなどがほとんど、棲み分けも十分できていない

⭐︎通報制度(ペナリティーあり回数で強制退会)
 運営に対して通報制度があるため、「私傷つきました」と言ったもん勝ちの雰囲気
 ・録音などがない場所で起こったことに対しての通報なので本当に起こったか判断できない
 ・一ヶ月前の傷ついたんですも受け入れるため証拠がない。
これらのことで通報者の要望が通りがち
加害者とされると加害者になってしまう

(精神疾患者なので否定しないと言うことらしいが、それならわかりましたと形だけにできるのではないだろうか。傷つきました通報を通していては、傷つきましたといえばなんでも通ると誤学習してしまう人が多そうで色々ダメでは?)

⭐︎運営の方針がコロコロ変わる
運営の方針がコロコロかわるため何を目指せばいいからわからなくなる。


⭐︎運営に集団を管理する能力がない。(一方視点からの指摘なため適切かは不明)
・グループができてしまっており(A)グループが(B)グループが参加しない場所で(B)グループしか行っていない行動を問題視し禁止ししまったり廃止してしまうと言うことが立て続けにあった。

このことからBグループが当てつけや嫌がらせではと感じてしまう場面があった

前提として
私がたまたまBグループに近かった一方的な意見になっている可能性がある。
Aグループには悪意がなくBグループのたまたま居心地がいい場所を侵略されていると感じたからこそそう感じているのではないかと感じる部分もあるが、真偽はわからない。Aグループの人間の意見を聞けていない。


・ 一部のグループの意見だけ聞いてルールを決めていたように感じる場面があった。
(その一部メンバーが、来ないだの話し合いで決まってという発言があったことから)

・通報制度があるため反対勢力(B)を通報して追い出すようなことが発生していた

・決まったことに対する不透明、話し合いはあるらしいが何を話し合ったか、そこでどうのように決まったかのフィードバックがない、議事録がない。

・ルールが突然決まることが多く説明がない、また理由が納得できるものではなく、矛盾が発生してしまう

・いちメンバーがルールについての投稿

・一部メンバーが『自分たちは運営である』と考えて押し付ける人がいた

・運営の贔屓がある(ように感じる)

・納得できないルールが多くできていくにもかかわらずルールが多い

・不信感を抱かせる場面が多かった。それを払拭するようなことがなくどんどん悪い方に行っていく印象を抱く



口コミとか書くの禁止。いやね、書くの禁止なせいで安心して入って病んだり不快に思ったりする人も多い。だから人数も横ばい。合う人はずっといる


総括
オンライン自助会?いいかって言われるとどうなのかわからない。合う人は合うと思うが薦めない。


理由として、精神疾患が多いので傷の舐め合いになってしまう。自分の考えで治していかなくてはいけない部分が相手もそうだなら治さなくていいよねと安心してしまう。

 

学んだこと。

・理解できないことは本当に理解できない

・客観的に判断しているつもりが自身の考えの軸がありそこに影響されている

・権威って大切だなと思った。
 形だけでも上(この場合は運営)が決めましたというのが大切。形だけていうのを悟らせてはいけない。

 あと結局、上が決めたからっていう納得、信頼感が必要

 一部メンバーがルール決めに携わり決めましたよとアピールされると不快に思う人間がいる。

とくに己の意に沿わない決定だった場合、同じ立場の人間が決めることにより不信感を抱く。

特に嫌がらせをしてきた人間からだと特に(本人に悪意がなくても)

 

でしゃばるなとか余計なことするなになる。

 


・考え方が違う精神疾患の人が理解してよって思う部分を理解するのは危険。

自身のルールや線引きは決めておく必要がある。

理解できないし分かり合えない(わかり合おうとすることで傷つく部分がある)

→差別とか理解してくれないとか嘆いている人になんで理解してあげないのって思ったけど無理だわ。

 

根底を揺るがすことになる。

 

例えば薬とか

 

 

DID(解離性人格障害)のYouTuberさんをみての感想

 

タイトルの通りである

 

 

 

 

解離性人格障害とは(正式な定義じゃなくて私の認識)

多重人格、二重人格と一般的に呼ばれるもの。何らかの原因(ストレスなど)によって、一つの身体に人格が複数存在している状態

記憶の継続性は問わず

 

 

 

※用語メモ

・基本人格

元々の人格

精神的に不安定な場合が多い? 

人見知りだったり。自己主張が苦手な人が多い?

消えてしまったり行方不明になってしまう場合もある

 

 

 

・主人格

多く表に出ていて生活を営んでいる人。

基本人格とは違う場合がある

 

・交代人格

交代する人格

 

 

 

感想

ここが辛そうだなって思ったこと

うつ病など併発している人多いなと思った

 

たくさんの人格とはいえども、身体の、脳の機能に影響されるんじゃないかって思った。

 

鬱病は脳の病気って言うから脳の鬱になりやすさ、鬱っぽさとか疲れやすさとかは実は変わらないんじゃないかなって思った。鬱になりやすさってある程度遺伝とかあるらしいし。

 

じゃないと交代人格の疲弊は起こらないでしょ

 

それとも人格が交代できる=脳内物質などの放出量などが変わるのかな?

 

 

あと異性人格、身体(女性)で抗体人格の男性が優しくしたいって人格が多いような気がした。

YouTuberやっているせい??)

 

主人格や基本人格に対してだけじゃなくて他者に対しても

 

 

 

 

感覚が本当に違うんだなってよくわかった。

人格が複数あるのが当たり前でっていう。

 

ただDIDの人を見ると実は自分っていうものは不安定で身体に依存しているんだろうなやっぱり。

 

魂が人格って考えるとDIDの人は一つの身体に複数の魂入っている状態かな

 

 

 

発達障害とトランスジェンダーについて

 

 

『自分がトランスジェンダーと考えている人の中に発達障害者がいるのではないか。

 一部の人の性別違和は発達障害からくるものではないか』

 

 結論からいうと私はそう思っている。

 

 

 ①まず疑問に思ったのは女性ぽくない私は何だろうかということだった。

 

 私は女性ぽくない、女らしくない、死語かもしれないが女子力皆無、それが私だ。

話し方だったりさっぱりしているところが男性ぽいと言われるし、文章だけだの会話だと男性に間違えられたことがある。

 

 なんでそうなんだろうという疑問を抱いていた。

 

 そんな時に出会ったのが「社会的、文化的に決められた性別」という概念だった。(正式名称は忘れたけど)

 

  女性とはこういうものだ、こうあるべきだという女性としての姿、反対に男性とはこうあるべきだ男性としての姿。

 

 それらを指して 「社会的、文化的に決められた性別」というらしい。(たしか)

 

 蛇足だが、 「社会的、文化的に決められた性別」から解放されることを「ジェンダーフリー」というらしい

 

 ああ、なるほど私が違和感を持つのは  「社会的、文化的に決められた性別」としての女性、女性らしさになんだなと気がついた。ことでひとまず納得言った。

 

 

 ②そしてまた疑問に思ったのは、トランスジェンダーの実録の漫画を読んだ時だった。

 

 そこに書かれていたのは、女性ならおそらく共通に感じている生きづらさだった。その生きづらさに対してだから自分はトランスジェンダーなんだと思ったということだった。

 

 具体的にいえば、『女性だからと言う理由で仕事から外される』『結婚しろとおせっかいを周りが焼いてくる』『雑用を押し付けられる』

 

 

 いやいや、それってトランスじゃない女性、いわゆるシス女性も辛いと感じていないか?というようなことが連ねてあった。

 

 まぁ案の定炎上したけど。

 

 そんなことから余計そもそもトランスジェンダーとは何かと興味が沸いた。

 

 そこで行き着いたトランスジェンダーとは何かという考え方でしっくりきているのは『肉体が違う』『自分の肉体に違和感や嫌悪感を持つ』

 

 だから自分が女性だと思えば女性で、男性だと思えば男性だという定義はいささか乱暴すぎると思う。(言っているのは一部の人間だけか)

 

そこには、女性として生きづらいから、男性になりたい人、男性として生きづらいから女性になりたい人も含まれていると思う。それを果たしてトランスジェンダーと診断していいものか?

 

 いやよくない、後悔している人だっている。自分を殺してしまった人だっている。

 

 それを知ってから私はトランスジェンダー

『肉体が違う』『自分の肉体に違和感や嫌悪感を持つ』人たちのことだと考えている。

 

 

発達障害の人のトランスジェンダー率が高いということ

 

問題はここだ。

 

発達障害の人は(特にASD)、暗黙な了解的な常識(定型の常識)がわからないことが多い

 

そのせいで①で私が感じたように「女らしくない」「男らしくない」と感じていることが、

自分は、トランスジェンダーじゃないかと疑っている人が多いんじゃないかということだ。

 

そもそも性別って思ったよりも曖昧なのかもしれない。プラス発達障害の曖昧さを考えると

 

全ての性別による違和感をトランスジェンダーって決めつけるのは危険じゃないか。

 

 

『肉体が違う』『自分の肉体に違和感や嫌悪感を持つ』ではなく、「女らしくない」「男らしくない」と自信の性別の社会で決めつけられた姿になれないからこそトランスジェンダーと言う人はあまりにも多くはないか?

 

私はそこが許せない。

取り返しがつかなくなってからそんなつもりじゃなかった、そうならないといい。

 

 

ASDなのにあれ?雑談苦手じゃないんだよな。

ただし興味がないことは早く終われと思っているけど。あと疲れるし、なんかわからない疎外感は感じる(同世代だと)

 

興味がないことには興味がないけどね。知識として捉えているし、材料でしかないし、深くは知ろうとしないのは相変わらずだけど。流行好きじゃないという特徴はある。

 

ASDとして診断されたのが間違っているのか?と思っていたがだってASD雑談苦手って言うし。

違う私がただ単に頑張っただけじゃんっていう。

 

ただよくよく考えると。

中学生のころに

「なんで、◯◯とか、◯◯の話興味ないのに!話は入れない!なんでそんな話するの!?」って言ってたし。そこでまじでうまくいかなかった。

 

いまの自分をみたら意味わからないになるのかな。

頑張ったよね。すごいわ。私。

雑談する時に私は知識を身につけるとともにルール化した。

 

https://youtu.be/oXHLcmJ21rg?si=Jxard0V0Swb4v-1D

 

↑これをやっていた。無意識のうちに。

 

プラスでルールを設けていた。

 

・「これ聞いていいの?」ってことについて

「言いたくなければ答えなければいいよ」のスタンス。

言いたくないことを言う気持ちが理解できない。言いたくないのに言う方が悪いじゃん。言いたくなければ断ればいいじゃん。
だって私は言いたくなければ言わないし。言った言葉は自分の責任だしと思っているところがある

 

ただ「えーと」とか、「言う」までに間があったら、「あっごめん、答えづらいことだったら答えなくても構わないよ」って入れます。そしてそうやって気を使っているからOKというルールにしてる。

答えたくないとか濁されたら、「あー、そうですよね。そりゃあ言いにくいですよね。分かります」みたいにして話題を変える。この場合、わざとらしくなってもいい。

ぶっちゃけ聞いていいか正しいか正直わからない

→ここがまぁいつも混乱してる

 

・いい返事ができないかも
ルール決めてそれ通りにやっているだけ

ただ話し相手で話してくれる人は、
 ・相手は聞いて欲しい。
 ・そうなんだとか言って欲しい。

あと困った時は、
 ・すこしおだてとけばどうにかなる
 ・自分を下にする言葉を使うようにする

あと「いい返事できなかった=自分がこう言うこと言いたかった」っていう側面ある。

 

・嘘がつけない特性について

 

自分がそれを肯定するのが嫌だなとか、いやそれわからんとか思ったら、あと嘘は言いたくないって思う場合。

 ・曖昧な言葉を使う

   あー
   そうかー
   そういう人もいるよね
   そうこともあるよね

   ・一部共感できる部分だけ共感する。

   ・共感できる部分を大きくする
     例 コーヒー好きな人に、コーヒー飲めないと伝えるとき
     →「コーヒー飲めないの別にいいと思っているけど、ちょっとは飲めた方が楽しみが広がるかなと1mmぐらい思っている」→「コーヒー飲めないの人生損していると思ってるんですよ」みたいな言いかえとか。

「↑で嘘は言ってないし」になって自分が許せる範囲に持っていく

 

・終わり方


ぐだぐだに終わらせている。

オチとか考えていない、終わりはあんまり考えてない。

→そもそも会話のオチってなに?オチがない話とオチがある話の区別がつかない。

 

・沈黙

一瞬の沈黙の気まずさは次の会話が続ければ打ち消されるような気がしている。

話してくれた、そこで相手は許してくれた、それでいいやってルールを作る


・また話を続けたい場合

沈黙が耐えきれず「話は変わるけど……」とか「そういえば……」ワンクッション入れて別の話題を振る

 

これが頭のなかで駆け回って、そして染みついた人間観察、そりゃあ疲れるわ。

外からの刺激に弱いし(色々周りが気になる)

 

いつも周囲を観察しているし。

 

 

 

 

 

私は理想の自分に対して失恋したらしい

私は、自分の白黒思考だったり、不安が強かったり、思っているよりできない(ワーキングメモリーの低さ)こと、人間関係にすぐ疲れる、これらを解消したかった。

人間関係ですぐ察せられる人になりたかった、普通になりたかった。

 

そんな理想の自分を希っていた。

そんな自分になりたかった。

それをどうにかすることを目標にして生きてきた。

 

薄々は難しいことはわかっていた。でもそれに向けてあがこうとして足掻いて疲れて、そして行動して。 それ以外にしか考えられなかった。

 

 

でもそれが届かないと実際に突きつけられて、かなり苦しい。

あなたのやっていることは間違っているんですよ、間違っていたんですよって言われたようできつい。

 

もちろん過去の自分がいままで歩んできた道以外の行動を選択できたかと言われたらおそらくできない。それはわかっている。わかってはいるけど苦しい。

 

持ちろん努力してきたことが全て無駄なわけじゃない。でも苦しい。

 

正直いうとどうしたいいかわからない。

怖い、不安だ。だって私のやりたいことはそれだったんだ。

 

 

自分自身のテリトリーやものに執着ってあるのかな??

当てはまらない気がする

 

自分のものやテリトリーに執着する

→テリトリーはあるかもしれない

 

自分のものに執着はない。

→覚えていない

 あと勝手に触られたり勝手に触れられてたりはないかも

 

 

こだわりくんのせい自分のことなのにどこか人ごと

『こだわりくん』のせいでできなかったという感覚がある。

 

強い不安だったり不安だったり、明確にわからないことを二の足を踏んできた。

 

でも、それを選択しなかったのは私なのに、選択したのも私なのに、自分のことじゃない。

自分が決めたことじゃない感覚がある

 

誰かに突き動かされたような、それはコントロールできないなにかで。

 

なんだろうな。これ。

 

 

PS

だから、悲劇のヒロイン意識とか、責任感を持ちにくいとか、被害者意識に繋がるかなと思った。